アジア翻訳のロゴ

東南アジアの翻訳者が苦手な方程式---アジア翻訳ジャーナル No.4

文書の体裁を最も大切にする国

翻訳というと、ある言語で書かれた文書があって、それを他の言語に書き直すことを意味するでしょう。ウィキペディアでは、「翻訳(ほんやく)とは、Aの形で記録・表現されているものから、その意味するところに対応するBの形に翻案することである」、はてなキーワードには「ある言語の文章を他の言語に変換すること」と書かれています。翻訳とは本来そういうことなのです。ところが、日本のお客様の要望は、単なる翻訳にとどまりません。そこに、東南アジア言語を扱う翻訳コーディネーターの試練があります。

当社の翻訳者当社のパートナー翻訳者たちは、現地の選りすぐりの翻訳者たちです。子供の頃から日本のポップカルチャーが大好きで、日本語に興味を持ち、中学では学年で1番の成績を収め、高校でもトップクラスを維持し、そしてその国の最高峰の大学の日本語学科で学ぶ機会を得た秀才たちです。とてもプライドが高く、日本語の翻訳では手抜きを許さない徹底した探究心を持っています。そんな最高の翻訳者たちでも、日本のお客様からの「翻訳以外」の要望を、そのままの形で伝えると、まず、うまくいきません。

日本は世界で最も書籍など印刷物の体裁が細部まで大切にされると、私は思います。これまで翻訳作業の蓄積がある英語、中国語、韓国語ですと、翻訳者たちは体裁を整えることに慣れており、翻訳コーディネーターの要望に「あうん」の呼吸で応えてくれるでしょう。数字や文字記号、繰り返し出てくる用語の統一などは当たり前のことです。

文書の体裁を整えることは、日本人にとっては単純で簡単な作業と思われるかもしれません。それは慣れているからでしょう。もし、慣れていないと、けっこう、複雑な作業です。本来は編集のプロの仕事なのです。


止めなく続く修正作業

例えば、製品紹介や会社紹介、外国人向け生活ガイドのような印刷物になるものでは、特に体裁が重視されます。また、日本人のデザイナーが扱いやすいような要望もいくつも出てきます。原文の行数に翻訳の行数も合わせるとか、赤く色付けされたところは赤くするとかいったデザインの要素が入るのです。

さらに難しいのは既存の翻訳の改訂をする場合です。お客様は追加や修正箇所のみ翻訳すればコストが削減できるとお考えでしょう。また、既存翻訳との用語統一も重視されます。こういったことは、既存の翻訳のクオリティーが良い場合に効果的なことです。ところが、既存の翻訳が著しく悪いことがしばしばあるのです。当社のパートナー翻訳者たちは、日本語ファンとして、それを無視できません。東南アジアの人々は、サービス精神が旺盛で、とても丁寧な仕事をします。その結果、改訂版で新しい訳語を使い、旧版との継続性が無くなってしまうのです。

東南アジア言語の場合、翻訳コーディネーターには何が書いてあるか分からず、体裁を整えることも困難です。このため、ほとんどの作業を翻訳者にお願いすることになります。そこで指示しようとすると、10項目以上にもなってしまうことがあります。そしてその一つ一つが「あれをこうして、これをああして、ああして、こうして...」とまるで方程式のようなのです。優秀な翻訳者たちでも、数学が苦手な人が多く、翻訳をしながら複数の方程式を解いて行くのは無理があります。

東南アジア言語の翻訳に慣れていない翻訳コーディネーターは、翻訳の善し悪しの前に、こういった体裁を整えたり、用語を統一したりするところでつまずきます。どうして指示通りの翻訳が出てこないのか、理解できません。修正作業が止めなく続くこともあるでしょう。お客様と翻訳者との狭間で苦悩し、二度と東南アジア言語の翻訳には携わりたくないと思うかもしれません。

しかしそれは、翻訳コーディネーターの異文化コミュニケーション力の問題でもあるのです。東南アジア言語を扱う翻訳コーディネーターには、0から1を伝えるコミュニケーション能力と、ネイティブ翻訳者たちを育てて行く忍耐力が必要なのです。そういった人間と人間の関係を築くことに喜びを感じることができなければ、両手を上げるしかありません。

2013年3月


Copyright©2015 Japan HR solutions. All rights reserved.